社会の窓際から

暇を謳歌したい。

料理を少しずつ

夏になるとテバやチャコのハイカラなスポーツサンダルを履いた若者が散見されるようになるが、僕らの多くはそのようなファッションアイテムと同様の役割を期待されて、つまり両親の世間体を取り繕うためのファッションアイテムとしてこの世に送り込まれる、と言っても過言ではないのだけれど、僕の場合もその例外ではなく、両親がセクロスかまし、秋冬の定番ファッションアイテムのザ・ノース・フェイスのマウンテンパーカーみたいな感じで生を受けた。このような生の受け方は決して異常ではなく、ま、概してそんなもんでげすよ、としか言いようがなく、それに対しても、そうでげすねー、としか返答のしようがない。

 

よし、理由がどうであれ、生まれたからにはこの人生を充実させてやるど、と意気込んでみても、多くの両親は子供に将来の金づる、介護看病ロボットという役割を期待しているものだから、子供たちは学校という名の奴隷洗脳機関に放り込まれ、気がつくと長時間労働特化型納税奴隷アンドロイドに成り果てているのだけれど、僕もその例外ではないんだよなー、まじで。

 

みたいな感じのニュアンス的なことについて逡巡していたある日、突然メールが来て、そのメール曰く、「もうすぐメルカリのポイントがなくなるから、使わないと損だよ」だってさ。メルカリのポイントなど獲得した覚えはないのだけれど、確認してみると300ポイント付与されていた。

 

これといって欲しいものはなかったのだけれど、せっかくなのでポイントを使ってみようと思った。そして300円以上のものを買ってしまったらメルカリの思うツボで負けだな、とも思った。300ポイントで何か良いものないかしらんと、電子空間をしばらく漂った。

 

そして目に留まり、購入に至ったのがこれ。

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これは何かというと料理の本で、この本は、そう言えばおいどんは料理を一丁前にできるようになりたかったなー、と過去に抱いていたわずかばかりの向上心を思い出させてくれた。

 

その向上心が祟って、僕は祖母の介護・看病をしていた時にとある飲食店のアルバイトに申し込み、そこで働くことになったのだけれど、今はこんなことしている場合じゃねぇだろ、と思い至り、初日のビデオ研修を受けてすぐに辞退したことがある。

 

その二ヶ月後に祖母は亡くなるわけなのだけれど、今振り返ると、あそこで即座に辞めた決断はガチのムチで間違っていなかった。この気持ちは拝金主義に基づく経済成長至上主義を掲げる労働教の信者たちにはわからないだろうなー。

 

と話が逸れてしまったが、これからの休日のささやかな楽しみとして料理を少しずつ覚えていくということを始めていきたい。思い立ったら即行動、というわけで、今週末はポテトサラダを作ることにした。

 

ポテトサラダを作る上で必要なボウルやザルや両手鍋といった調理器具を揃え、ベトナム人やネパール人と押し合いへし合いしながら業務スーパーで材料を購入し、本の手順通りにポテトサラダを作ってみた。そして食べてみた。びっくりするくらいうまかった。思わず自分のことを人間かと錯覚してしまうほどであった。

 

というように何の変哲もないものでも自分で作れるようになるっていい感じですよ、という話でした。

 

P.S.

油こし器欲しい。