社会の窓際から

暇を謳歌したい。

CMのメッキを剥がしていくという遊び

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脳髄を腐らせないためにどんなに注意深く生きていても、今日の日本においてはテレビの映像が否応なく視界に入り込んで来ることがあると思うのだけれど、その際に個人的に吐き気を覚えるようなCMというのがあって、そういったCMの共通点の一つが、この演者絶対にこの商品使ってないでげしょ、と確信させるようなものだ。

 

ここ最近のCMを例に挙げれば、単なる老眼鏡に過ぎないものを自己満足的にスタイリッシュにした風の視認補助具のCM。

 

そのコマーシャルには好感度抜群の有名な俳優女優陣が出演し、この製品を装着すれば見えないものはない。何もかもがぐいぐい見えて見えて見えまくる。それにほら、どえらい頑強さで頼もしいでやんす。しかもほら、このフォルム。これをかければスタイリッシュでスマートな毎日を送れてオーケー、オーライ。みたいな感じのニュアンスをテレビ画面を通じて前面に押し出して来るのだけれど、周知の通り、彼らはその老眼鏡メーカーから莫大な出演料を受け取っており、その対価と引き換えに己の好感度と演技力を製品アピールに注力しているだけだ。

 

そして明らかに彼らは己の実生活においてその製品を使っていない。

 

にも拘わらず、あたかも使っているかのような風を装って、製品を売りつけようとしてくる。

 

上の老眼鏡のCMにはまだ20代風の女優も出演しているが、20代の人間が老眼鏡を日常的にかけるわけがなかろうもん。

 

見えづらければね、我々20代の人間はね、実際問題ね、その辺のメガネ、つまり業界用語で言うところのネーメガをかけるんですよ。まじで。

 

ちなみに祖母は上記のCM内で大仰に喧伝されている例のイケてる風な老眼鏡を所持していて、実際におれはかけてみたことがあるが、度がどぎつくて何も見えない。

 

んじゃあ、きゃつらが実際に使っていたら買うのかというと、それはない。

 

まぁ、祖母は買ったというか、買わされてしまったのだけれど、それはまぁ置いとこう。

 

とにもかくにも、CMや広告を見る時に、それらがどのような印象を僕らに植え付けて、ゴミのような製品やサービスを購入するように誘導しようとしているのかを分析するのは面白い。

 

ある種の頭の体操にもなるが、吐き気もしてくるので要注意。

 

P.S.

今日の浪費。