社会の窓際から

暇人の暇人による暇人のためのブログ

あなた方一人一人も

 

f:id:makiri1002:20181002142556j:plain

 

 先日、祖母の前衛的な寝癖をブラシで解こうとしていると、呼び鈴が鳴り、ドアを開けると、新興宗教の布教活動に勤しんでいるのだろうか、中年女性二人組から上記のメモをもらっちゃった。

 

 母親に渡しておいて欲しいとのことだった。

 

 メモを渡したいのは山々なのだけれど、残念なことに、母は小学3年生の常用漢字が混在している文章は全てシカッティングするという稀有な特性を備えているため、渡したところでどうにもならない。よって、我が手元に一時的に保管することにした。

 

 おれはこのメモをもらって、字が綺麗だなぁー、と思った。

 

 そして、自身の字の汚さを思い出した。

 字をうまく書けるようになりたいという思いがふつふつと湧き起ってきた。

 

 この世界には「字は人をあらわす」みたいな感じのニュアンス的な言葉があるらしく、といういうことは、糞尿のごとくに汚いおれの字は無知で煩悩に塗れた凡夫である我が身を表すものだということになるということか。

 布教活動のために我が家を訪れた中年女性は、信仰と神のご加護のためにその精神が清廉潔白に保たれており、故に字が綺麗ということになるということか。

 おれには、字がうまくなりたいなー、という思いもあって、ということは、それは精神的に少しでも高尚になりたいなー、ということを意味することになるということか。

 

 上記のような見方もできるかもしれないが、この世が魑魅魍魎の跳梁跋扈する拝金主義に基づく経済成長至上主義に毒されているということを考慮すると、「字は人をあらわす」みたいな感じのニュアンス的な言葉は習字業界において金儲けのために連綿と使われてきた単なるキャッチコピーに過ぎないという考え方もできなくはない。

 

 我々は経済成長という名の下に全てが正当化される異常な世界に住んでおり、そこでは各国の天才・秀才たちが如何にして人々に金を浪費させようかしらんと日々あくせくと模索しているのだけれど、その戦略の一つに、ひとまず無理矢理コンプレックスを創出し、そのコンプレックスに付け込んでお金を儲けちゃおうよ、オーケー、オーライ、というものがある。

 

 つまりどういうことかというと、まずは自称知的階級の人間たちが「ああじゃなきゃいけない」「こうじゃなきゃいけない」「ああだとだめ」「こうだとだめ」という一定の基準を創り出す。

 そして、その基準をメディアを通じて愚民たちに連日連夜、間髪入れることなく浴びせかける。

 すると、愚民たちは当然、よくわからない赤の他人によって無理矢理創り出された基準を何としても満たさなければいけない基準であると錯覚し、それをいつまでも満たせずにいる者は次第に焦燥感を覚えるようになる。劣等感を抱き、自己嫌悪に陥ることになる。

 そこに、あなたのコンプレックス解消しますさかい、と嘯く自称知的階級の人間が意気揚々と登場し、時間と金銭をグングンと吸い取っていく。という構造でやんす。

 

 実際のところ、我々人間が抱くコンプレックスというものが社会的に作られたものなのか、人間が本来的に本能的に先天的にどうしようもなく抱いてしまうものなのか、その詳細は愚鈍で頓馬な凡夫のおれにはわからないが、そのような些末な問題は自称専門家に任せるとして、おれが字がうまくなりたい理由は、精神的向上心があるからではなく、他人に字がうまいと思われたいという虚栄心のため、というのは間違いない。

 

 この世界には文字というものを持っていない民族もいるのだから、そのことを考慮すると、やはり字が汚いというコンプレックスは社会的に創り出されたものなのかもしれへん。

 

 自称知的階級の人間たちの権謀術数に嵌まりこみ、人為的に創出された虚栄心に抗うことができない脆弱な凡夫のおれに残された道はコンプレックスの解消以外にない。

 

 そんならユーキャンのペン習字講座っつたい、と思ってググってみると、値段が高い。無職で無力なおれには分不相応な値段であーる。

 

 んじゃあ、市販のペン習字本を買って、膨大な自由時間を使って練習しようではないか。字も上手くなるし、暇も潰れるからいいではないか。ええじゃないか、ええじゃないか、と、てやんでい精神を発揮して勢いでペン習字本を注文するに至った。

 

 おれは仏陀やキリストを始めとする破格のスケールの宗教的指導者とは可能な限り原典を通じて付き合っていきたいと思っているため、その介在物である新興宗教に入信するつもりは一切ないが、新興宗教の布教活動のおかげでペン習字に踏み切るきっかけができた。

 

 新興宗教、ありがとなー。

 

P.S.

絵が描けるようにもなりたい。