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暇人の持ち物:仏像

暇なので持ち物を紹介します。

 

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 この仏像は昨年アジアを放浪していた頃にインドのブッダガヤで購入したもので、値段は350ルピー(約700円)。

 

 旅をするにあたり、僕は僧侶の利潤目的のために歪曲された日本仏教のしがらみから逃れることのできない一仏教徒として、釈迦が悟りを開いた地ブッダガヤには是非とも行きたいと思っていた。

 

 ブッダガヤの目玉は何と言っても釈迦がその下で悟りを得たという菩提樹の生えるマハボディー寺院で、そこは言うまでもなく世界各国の仏教徒が日々大挙して訪れる仏教の聖地であり、僕のような煩悩まみれの人間も間髪入れずにひれ伏してしまうほどの荘厳な雰囲気が漂っている、というのは言い過ぎかもしれないけれど、「ここで釈迦はブッダになったんかぁ!」という一種のミーハー的な感動は存分に味わわせてくれる。

 

 正真正銘の仏教の求道者であれば、釈迦に忠実に従い、仏像を似非僧侶や仏具屋が信者を物質主義へと惑わし金儲けをするための単なる加工品と看破し、仏像という泡沫の物質に執着することも、それを信奉することもないのだろうけれど、歪曲された日本仏教に毒され、人型の煩悩と化してしまったおれは、マハボディー寺院への参拝を終えると、その土地のエキゾチズムに瞬時に飲み込まれて物欲を換気され、仏像を探し回り始めた。

 

 マハーボディ寺院の周囲には世界中から訪れる無垢な観光客を眩惑させ、無用な土産品を購入させて生計を立てている人たちが大勢いて、当然のことながら、そこには多くの仏像が商品として並んでいる。それらの仏像が大量生産品であることは仕方がないにしても、どうも作りが粗悪で安っぽさが抜けず、どれも似通っており、歪曲された日本仏教に毒されて物質主義の犬に成り果ててしまった僕にはしっくりこないなぁ、と思っていた矢先に、チベット人のおっさんの露店でそれを発見した時には、「これだ!」と思った。

 

 まずサイズが丁度良い。

 

 写真の仏像のサイズは「ドクターグリップ」のグリップ部分くらいの大きさで、一介の旅人のバックパック内の貴重なスペースを不当に占めるようなこともなく、また部屋に鎮座させたとしても、謙虚な大きさであるため、雑貨程度の範囲に収まり、ガチガチの仏教感が醸し出されることがなくて丁度いい。

 

 また、その仏像はブッダガヤの他の土産屋では取り扱っておらず、そのチベット人のおっさんの露店でのみ取り扱っているものだった。その事実は、煩悩に塗れ、人と同じものは嫌だとのたうち回る己のくだらない自我や虚栄心を満足させてくれた。

 

 ブッダガヤでは物珍しい種類のこの仏像も、間違いなく大量生産品の一つで、別の地域では容易に手に入るものなのかもしれないが、ミーハーな僕にとってより重要なことは、それが「仏教の聖地ブッダガヤで買った仏像」であることだ。そして、作りも比較的端正で、デザインも静謐で、可愛らしいではないか。買うしかないではないか。

 

 そういう訳で、煩雑な値段交渉の末に人生初仏像を手に入れて今日に至り、この仏像は自室の片隅に鎮座し、煩悩塗れの僕を慈悲深い目をもってして愚弄してくれている。

 

 何となく仏像を崇める人の気持ちがわかったような気がした。

 

P.S.

メンチカツうまい。