社会の窓際から

暇を謳歌したい。

自殺防止のための自殺資料館の提案

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 この自称先進国日本では自殺が流行っているらしく、年間3万人もの人が自殺するという。


 さらに自殺には定義というものがあって、「24時間以内に発見され、遺書がある」ものは「自殺」とみなされ、「24時間以内に発見されず、遺書がない」ものは「変死」とされるらしいのだけれど、変死の中には必ず自殺が含まれているはずで、それはカウントされていないのだから毎年の自殺者の数は3万人を遥かに上回る(現に10万人を超えているのではないか、という意見もある)。

 

 3万人だろうが10万人だろうが数の大きさはどうでもよくて、確かに、拝金主義に基づく経済成長至上主義を掲げるこの社会は、息苦しくて、気持ち悪くて、自殺したい気持ちはわからなくもないし、奴隷的価値観一辺倒のこの社会で、死にたいという気持ちが起こるのは全く異常なことではないと思うのだけれど、自殺を実行に移すことだけはどうにか思い留まって欲しいなぁ、とおれは思っちゃう。まじで。

 

 自殺がお家芸になってしまったこの自称先進国において、ささやかながらも自殺防止策は講じられているのだろうけれど、その効果は脆弱だ。それは世界トップクラスの自殺率の高さが厳然と示している。

 

 そして、ここで提案なのだけれど、自殺志願者に自殺を思い留まらせるための更なる手段として、自殺資料館を作ってみてはどうだろうか。

 

 我らが被爆国日本には、広島と長崎に原爆資料館というものがある。


 原爆資料館の目的は、原爆の恐ろしさを示す身の毛もよだつような残虐極まりない幾多の資料を展示し、入場者をがちがちに戦慄させ、彼らの脳髄に核兵器の恐怖を植え付け、絶対に核兵器はあかんぜよ、絶対に戦争はあかんぜよ、まじで平和が一番ぜよ、と思考を矯正することだ。そして、原爆資料館というものは出口付近で無性に千羽鶴を折りたくなってしまうほどの即効性を発揮する。

 

 さらに、世界でも稀有な「被爆地」という汚名を逆転の発想で観光資源として利用して金儲けをしようという目論見も併せ持つ原爆資料館は、世界中から観光客を集め、波及的に市民の金儲けにも一役買っていて、この国を覆う拝金主義に基づく経済成長至上主義にもきちんと貢献している優れものである。

 

 原爆資料館のように、特定の行為に関する恐怖を躊躇なく全面に押し出し、それらの行為を思い留まらせるための施設は世界各地に点在している。沖縄にも、ホーチミンにも、プノンペンにも、アウシュビッツにもある。他にも色々ある。

 

 つまり、戦争や虐殺や迫害や差別の恐ろしさを物語り、それらをなくしていこうするための施設があるのだから、自殺資料館を作り、自殺者の凄惨な遺体の写真、切実な遺書、痛切な経緯、悲痛な遺族の想い等々を展示して、圧倒的な恐怖とリアリティーをもってして自殺を思い留まらせ、自殺の撲滅を使命とする資料館があってもいいのではないかと思う。

 

 そして、かつて海外をぶらつていた時に、僕は様々な国の人間から「なぜ日本人はあんなに自殺するのか」とよく聞かれたのだけれど、このように日本人の自殺率の高さに関心を寄せる外国人は少なくない。つまり、自殺資料館は自殺大国日本だからこそ作れるもので、「自殺大国」という汚名を逆転の発想で観光資源化すれば、少なくとも原爆資料館並みの経済効果を生むことになる。となると、この国を覆う拝金主義に基づく経済成長至上主義の邪魔をすることなく、金儲けをしながら自殺を防げるわけだ。悪くないと思う。

 

社会企業家の皆さん、この案どうでしょう?

 

P.S.
歯磨きするか。