社会の窓際から

暇を謳歌したい。

真夏の背広

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 秋の気配がする今日この頃、振り返ってみると今年の夏は異常に暑かった。

 

 昨年の夏は東南アジアで過ごしたので、去年に比べてどのくらい異常に暑かったかはわからないが、今年の日本の夏の不快度指数は東南アジアのそれを遥かに上回っていたように思う。

 

 無論、無職で暇を持て余しているおれが灼熱の日中に外に出ることは殆どなかったわけだが、とある夏の日に友人の結婚式があり、その際にこの世の奴隷的な慣習を肌身に感じて、その下らなさに怒りを覚えた。

 

 というのも、どうやらこの自称先進国ではクソ暑い真夏の結婚式にわざわざ背広を着て参加しなくてはいけないという。

 

 無職で暇を持て余し、スーツとは無縁のおれは意味がわからず、結婚式の数日前に、この殺人的な暑さの中でむさ苦しい背広を着るのは自殺行為に等しいではないか、背広ではなくノーネクタイの半袖シャツだけで別に構わんではないか、その方が心地も良いし、見た目も爽やかで清潔感があって夏にすんなり馴染んでええやないか、と芥川賞級の切実な意見を友人たちにぶつけたところ、式には問答無用で背広着用にきまってんだろうが、バーロー、それがマナーっつうもんだろうが、バーロー、とコナン風に一蹴された。

 

 無職で暇を持て余しているおれはドン引いた。

 

 その数日後、野暮用があり、カンカン照りの町中を原付で鈍走していたところ、汗だくで背広を着用し、歩道をヘラヘラと闊歩している若者を見かけた。

 

 無職で暇を持て余しているおれはドン引いた。

 

 だってそうだろう、規則だか何だか知らないが、どう考えても不自然極まりなかろうもん。

 

 雨が降ったら傘を差す。寒かったら服を着込む。ってな感じで、暑かったら清潔感を損なわず、相手に不快感を与えない範囲で清涼な被服気候を作る。それが自然だろう。

 

 夏は安全性の必要が生じない限りノーネクタイの半袖シャツでええじゃないか。

 襟も暑苦しくて意味がわからないから、あわよくばヘインズのTシャツでええじゃないか。

 脛毛が気持ち悪いことになっていない限り、ズボンもグラミチの半ズボンでええじゃないか。

 白癬菌と共生していない限り、靴もビルケンのサンダルでええじゃないか。

 

と思うのだけれど、ええじゃないか、ええじゃないか、と百姓のように嘯いていると、思考の停止した奴隷アンドロイドたちはプログラム通り、つべこべ言わずに働けやぁ、バーロー、と話題を変えて強引に弾圧してくる。と思うから、まぁ、何を言っても無駄だろう。


 とにもかくにも、おれは無職で社会不適合だが、社会適合者の必要条件が何の疑念も持つことなく灼熱の真夏に背広を着込むことなのだとしたら、おれは敢然と社会不適合者の道を選ぶ。

 

 そして結局、奴隷アンドロイドのごとく思考を停止させ、式にはきっちり背広とネクタイを着用して出席した己の小心さを情けなく思う。

 

P.S.

いい式でした。