社会の窓際から

暇を謳歌したい。

暇人の居心地

 

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 僕は今無職で実家暮らしをしている。

 

 一昨年、がっつりお金を貯めて、昨年の夏から約一年間アジアをぶらぶらと放浪してきた。

 

 旅をしている間は金をあまり使わなかったので、貯金は結構ある。


 家には月々お金を入れているし、家事も手伝っているし、役所や銀行などの手続きも代わりにやっているし、祖母の看病・介護も行っている。


 要するに誰にも迷惑はかけていないし、むしろ家族からの信頼は篤い。

 

 確かに一日やることはあるにはあるが、自由な時間も潤沢にある。要するに暇人だ。


 そして暇を持て余していると、なんとなくではあるが居心地の悪さを感じる。

 

 自分や家族が経済的に逼迫しているわけでもなく、ささやかながらも家族に金銭や家事手伝いを通して貢献し、法律上払うべきものは払っているのにも関わらず、何だかすっきりしないこの感じ。

 

 これってどういうことやろかしらん、とよくよく考えていくと、己の精神の愚鈍さ・脆弱さが原因で自分自身が奴隷洗脳されているからだということに気がついた。


 今日の日本社会には「暇していてはいけない。働かなければいけない」という雰囲気が蔓延している。

 

 僕らは「何かをしていなければいけない」と徹底的に叩き込まれていて、かつ、その「何かをする」の「何か」は必ず世間的に認められた「金銭獲得行為」でなければならず、また、一日の大半かつ週の大半はその「金銭獲得行為」のために費やされなければならないと刷り込まれている。そして、僕自身が強くそう刷り込まれているが故に、この何とも言えない居心地の悪さがついて回る、というわけだ。

 

 拝金主義に基づく経済成長至上主義、そしてそれに伴う奴隷労働信仰。これらの蔓延るこの社会において、「働いていない」状態でいることはそう容易なことではない。労働を強いる外圧が強いために、余程の精神力がない限り、後ろめたさや罪悪感を感じてしまう。そして、ある人は引きこもり、ある人は過労に走る。

 

 では僕の場合はどうなのかというと、奴隷洗脳されているが故に、後ろめたさを感じて働かこうかなとも思うし、奴隷洗脳されていると看破しているが故に振り回される形で働きたくないとも思っていて、どうにもならない。とりあえずここは踏ん張って、祖母のことが落ち着くまでは奴隷洗脳に飲み込まれないよう暇人生活を謳歌しようと思う。

 

P.S.

最近アニメを見る外人の反応動画をつい見てしまう。